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JUSTICE 第3回「課税に正義はあるか」「個人の権利をどこまで認めることが公平か」ハーバード大学:サンデル教授:白熱教室

Lecture05「課税に正義はあるか」

ベンサムの功利主義を弁護するミルだが、その主張には限界があるように思える。そこでもっと強力な原理理論を紹介したい。哲学者ロバート・ノージックたちが主張し、個人の権利を非常に重要だと考えるリバタリアニズム(自由原理主義)だ。彼らはシートベルト着用という自分を守ることを強制するような干渉主義的な法律に反対し、同性愛者間の性的な親密さを禁止するような道徳的な法律に反対し、金持ちから貧しい人に再分配する課税法に反対する。その例としてビルゲイツやマイケルジョーダンをあげる。ノージックは税金を課することは所得を取り上げることに等しいと言う。課税は盗みだ。極端に言えば課税は道徳的に強制労働に等しい。個人の労働に対する独占権を政治団体が部分的に所有していることになるから、奴隷のようなものだ。つまり自分が自分を所有していないことになる。このようなリバタリアニズムの考え方の根本的な原則に自己所有の考え方がある。そしてもし彼らを否定したいなら、この論理展開を論破しなくてはいけない。その疑問を残し講義は終了する。

ハーバード大学
マイケル・サンデル教授


Lecture05
FREE TO CHOSE
Lecture06
WHO OWNS ME? 


時間:55:08



Lecture05「課税に正義はあるか」

前回までの講義ではベンサムの功利主義への批判に対するジョンスチュワートミルの反論について考えた。ミルは「功利主義」という著書の中で、彼の説を批判する者に対し、功利主義の枠組みの中で、高級な喜びと下級な喜びを区別することは可能だ、とういことを示そうとしている。

私たちはその考えを、アニメ、シンプソンズとシェイクスピアでためしてみた。しかし、ミルの考えに疑問を感じざる負えないような結果が出た。君たちの多くはシンプソンズの方が好きだが、シェイクスピアの方が高級であり、価値のある喜びだと考えた。この結果はミルの主張とは異なる結果だ。ミルは功利主義の第5章で個人の権利と正義が特に重要であることを説明しようとしているが、これについてはどうだろう。

ミルは個人の権利は特に尊重されるべきものであると考えている。実際、正義とは道徳の最も神聖な部分であり、他とは比べようもない拘束の強い部分である、とまで言っている。しかし、ミルの主張のこの部分についても同じ疑問を呈すことができると思う。

なぜ正義は道徳の中でもっとも重要で、他とは比べ物もないほど拘束力が強いのか。

ミルはもし私たちが正義を行い、権利を尊重すれば長い目でみた時、社会は全体として良い方向へ向かうからだと言う。

本当だろうか。

もし例外を設けて、個人の権利を侵害したところ、人々の暮らしがよくなるようなケースがあったらどうだろう。
だとしたら、人を利用してもかまわないんだろうか。

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JUSTICE 第2回「命に値段をつけることに正義はあるか」「喜びを測定して出した結論は公平か」ハーバード大学:サンデル教授:白熱教室

Lecture03「命に値段をつけることに正義はあるか」

功利主義者ベンサムは道徳の最高原則は社会の幸福のために、全体として快楽が苦痛を上回るようにすること、つまり「効用の最大化」だとした。そして共同体は個人の集まりだとした。この功利主義の論理は費用便益分析という名で昔から企業や政府がよく使い、効用は数値で表され、たいていはドルで換算される。この講義ではタバコ会社、自動車会社が行った費用便益分析を取り上げ、その問題点を考える。そして功利主義に対する2つの反論が学生から示された。1つは「個人の権利もしくは少数派の権利を尊重していない」というもので、もう1つは「人々の好みあるいは価値を合計することをできない」というもの。後者に関しては心理学者ソーンダイクの実験を示し、その結論をどう捉えるべきか?と疑問を残し講義は終了する。

ハーバード大学
マイケル・サンデル教授


Lecture03
PUTTING A PRICE TAG ON LIFE
Lecture04
HOW TO MEASURE PLEASURE 


時間:55:10



Lecture03「命に値段をつけることに正義はあるか」

前回の講義で私たちは2人の船乗り、ダドリーとスティーブンズの裁判について議論した。海で遭難した男たちが少年を殺して食べた事件だ。まず、議論の内容を思い出して欲しい。船長と航海士が何をしたか。それに対してどんな意見が出たか。それを頭に入れた上で、哲学者やジェレミ・ベンサムの功利主義の話に戻ろう

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JUSTICE 第1回「殺人に正義はあるか(想像編)」「殺人に正義はあるか(実例編)」ハーバード大学:サンデル教授:白熱教室

Lecture01「殺人に正義はあるか(想像編)」

1人の命を犠牲にすれば5人の命が助かるなら、1人の命を犠牲にすることは正しいのか。もし1人の命の犠牲の仕方が殺人であったならばどうか。その殺人に正義はあるのだろうか。電車事故のケースと医療のケースで考える。ここで大きく2つの考え方がみえてくる。5人と1人の命を天秤にかけ結果を考えてから決断を出す考え方と、結果を考えるのではなく行動の動機、殺人という行為が無条件的に正義ではないと考え決断を出す考え方だ。そして前者は哲学者ベンサムが、後者は哲学者カントが代表的な哲学者であると示す。また、政治哲学を学ぶことにリスクがあることをソクラテスの時代と重ね合わせて説明している。サンデル教授は締めくくりに、この講義の目的は理性の不安を目覚めさせ、それがどこに導いていくのか見ることだと述べる。

ハーバード大学
マイケル・サンデル教授


Lecture01
THE MORAL SIDE OF MURDER
Lecture02
THE CASE FOR CANNIBALISM 


時間:54:56



Lecture01「殺人に正義はあるか(想像編)」

この講義は正義についてです。まずこの話からはじめよう。

君は路面電車の運転手で、時速100キロの猛スピードで走っている。君は行く手に5人の労働者がいることに気付いて電車を止めようとするが、ブレーキは効かない。君は絶望する。そのまま進んで5人の労働者に突っ込めば5人とも死んでしまうからだ。
ここではそれは確実なことだと仮定しよう。
君は何もできないとあきらめかける。が、その時、脇にそれる線路待避線があることに気付く。しかし、そこにも働いている人が1人いる。ブレーキは効かないがハンドルは効くので、ハンドルをきって、脇の線路に入れば、1人は殺してしまうけれども、5人は助けることができる。

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ここで最初の質問だ。
正しい行いはどちらか?あなたならどうする?多数決をとってみよう。

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