JUSTICE世界大学ランキングYouTubeEdu-LinkVISUALECTURE


「壊れた法制度を直す4つの方法」フィリップ・ハワード

SPEAKER:フィリップ・ハワード


自由の国は法律の地雷原になってしまったと フィリップ・ハワードは言います。特に医師と教師の仕事は訴訟の恐怖に麻痺してしまいました。どうすれば良いのでしょう。自身も法律家であるハワードが、米国の法律を簡単にするための 4 項目を提案します。


18:22


日本語字幕
Viewsubtitleをクリック/Japanese

TED2010

全文
私はずっと社会の制度や仕組みと 人々の行動との関係に関心をもってきました 郊外まで広い道路を作れば 皆がそこに引っ越します さて 法律も人の行動を左右する 強力な影響をもっています 今日 お話したいことは 法制度を総点検して簡単にすることで アメリカ国民のエネルギーと情熱を解き放ち 現代社会の課題に立ち向かえるように できるということです

お気づきのことでしょう 法律は次第に緻密になり ここ20年ほどの間に生活の隅々まで入り込んで来ました 今や ビジネスをしていたら 顧問弁護士に相談せずに 何かをする事は困難です 実際こんな現象もあります 顧問弁護士が CEO になりつつあるのです 寄生生物が宿主を乗っ取るようなものです 会社を運営するのに法律家が必要なのは 法律が非常に多いからです このことで影響されているのはビジネスだけではありません 日常の市民生活にもまた 影を落としています

数年前 私がワイオミングのコディで ハイキングをしたときのことです 行って始めて気がついたのですが そこは野生のグリズリーの保護区でした 我々のガイドは地元の理科の先生で 熊についてはまったく心配していませんでしたが 彼女は法律家のことを恐れていて 法律の話が次々と続きました ちょうどこんな出来事があったと言うのです レポートの提出が遅れた生徒の成績を1割下げたところ 学校を訴えると 保護者が脅したのです 校長がその保護者と対決しようとしなかったのは 法的な争いに引き込まれたくなかったからでした 彼女は幾つもの会合に呼び出され いつも同じ議論の繰り返しでした 30日も眠れない夜を過ごすうちに 彼女は降参して成績を戻しました 「人生は短いから こんなことに関わり合っていられない」

またその頃 彼女は二人の生徒をリーダーシップの研究会に引率しようとしました 研究会は数時間離れたララミーで行われるので 自分の車で生徒達を連れて行こうとしましたが 学校に指示されました 「法的責任の問題となるから 生徒を同乗させて行かないで スクールバスで行って下さい」 その結果 60人乗りのバスが登場して 3人を載せてララミーまで数時間の道のりを 行き来したのでした

彼女の夫もまた科学の先生で 生物の授業では近くの国立公園まで ハイキングに出かけていました しかし今年は屋外実習はやめてくれと言われたのです なぜかというとクラスに障害者が一人いたからです そこで 他の25人も屋外実習に行けなくなりました その日のうちに この先生から聞いた 法律にまつわる話だけで 本が一冊書けるほど たっぷりありました

私たちは 法律は自由の基盤と 教えられて来ましたが どうしたわけか ここ20年間に この自由の国は 法律の地雷原のようになってしまいました 知らず知らずのうちに 我々の生活は すっかり変わってしまっているのです 立ち止まって考えれば 至る所で見られる話です 我々の話し方も変わりました ノースカロライナの小児科の友人が言うには 「昔と同じような接し方で 患者に接することはなくなった 思いつきでなにかうっかり口にしようものなら あとで自分に不利なように使われるかもしれないからね」 人のために働く医者がこう言うのです 私の法律事務所には 採用面接のときに 聞いてはいけない質問のリストがあります 例えば底意地悪いあてつけをしのばせた 悪名高い例の質問です 「どちらからお越しですか?」 (笑)

この20年間 不法行為法改革を進める人たちは 訴訟は制御不能になっていると 警鐘を鳴らしてきました みなさんも ときおり 馬鹿げた訴訟を 耳にするでしょう コロンビア特別区で あるクリーニング店は ズボンを1本紛失したために 5千4百万ドルの訴えを起こされました この訴訟は2年は続き 今も上訴審で争っていると思います

しかし実際はこれらの馬鹿げた例は かなりまれです 普通は勝つことなどありません 不法行為の訴訟費用の総額は アメリカではおよそ 2% で これは他国の倍になります 税金のようなものなので 問題にもされません しかし直接的な費用は実は氷山の一角にすぎません

気づかれることも無いままに 我々の文化の変化が 起きています もはや 自らの最良の判断に基づいて 自由に行動できなくなりました この状況はどうしたものでしょうか だれかが間違った何かをしたときに 法廷でそれを是正する権利を放棄したくはありません 公害を防止するような規制など 必要なものもあります この問題を語るためのボキャブラリーすら 不足しているのです 我々の議論の枠組みが間違っているからなのです

我々は すべての論争や争点は 個人の権利に関わる問題として 考えるように訓練されて来ました そこで すべてのことを法律という顕微鏡をのぞきこんで 見ようとします ワイオミング州コディで ジョニーのレポートが遅れたのに 酌量の余地があるか 病人の体調が悪化したときに 医者は何か別のことをできたのではないか 後講釈が 完璧なのは言うまでもありません いつだって別のシナリオに従って 違うやり方があったと指摘できるのです

私たちは 完全な社会という基準に照らしてどんな論争も判断できるという 考えのもとで 法律という顕微鏡を覗き込むよう訓練されました 完全な社会では 何が公平であるかについて 皆が同意し 事故はなくなり リスクは繰り返さないのです もちろん これはユートピアですが 社会が機能停止し そこに自由はありません 完全な社会というのは 法律のルールの基礎ではありません 自由な社会の基礎ではありません これが 4つのうちで最初の論点です 法律をどうやって単純化するかということは皆さんへの宿題にします 社会への影響を広く捉えて 法律を評価しなければならず 個別の論争で捉えてはいけません このことは絶対に重要です

では 具体的な話から離れて 我々の社会を高所から眺めましょう うまく機能していますか? マクロのデータは何を示しているでしょう 健康保険のシステムは改革されました 社会は防御策であふれ返っています 法制度に対して至るところで信頼が損なわれています 防御的な医療の実践が至るところで見られます それを評価するのが難しいのは いくつかの意図が入り交じっているからです 医師は時には検査をすることで よりよい医療を提供できることもありますが もはや何が正しくて何が間違いか分からないこともあります 信頼できる推測値によれば 年間 600億から 2000億ドルが検査に投じられています これだけのお金があれば 無保険のアメリカ全国民に医療を提供出来ます

弁護士は 訴訟のおそれがあるから 医者がよりよい医療を提供するのだと言いますが 米国医学研究所などの研究を通して そうではないことが明らかになりました 恐れはプロとしての働きかけを委縮させ 何千もの悲劇的な失敗が生じます 医師たちが「その投与量で間違いないか?」 と口にすることをためらうからです 確信がないからです 法的な責任を負いたくないのです

学校の話に移りましょう 先ほど ワイオミング州コーディの先生が 法律によって影響されている様子を紹介しました 学校は法律の海で文字通り溺れそうになっています 以下に述べる法的概念のそれぞれに対して 独立した章をあてて説明できるほどです 適正な手続きや配慮を必要とする児童 おちこぼれ対策 厳罰主義や労務管理 まだまだ続きます ニューヨークのある学校で規制の調査を行ったところ 学校の理事会をお手上げにするような 用心深い規制が何千,何万もあって 生徒を停学させるためには 60 ものステップが必要です 機能停止に陥ってしまいます その影響は何か?規律が緩みます

別の研究によれば 規律の低下は 適正手続の普及が原因とされます 「パブリックアジェンダ」が全米で数年前に行った調査では アメリカの高校教師の43パーセントは 「授業時間の少なくとも半分を 静かにさせるために使っている」 と答えています つまり本来の半分しか学んでいないということです クラスでひとりが邪魔をすれば 誰ひとりとして勉強できないのですから そして先生が静かにと命じようとすると どうなるか? 法律に訴えると脅されるのです 調査によればアメリカの中学高校の教師の78パーセントは 生徒たちの権利を侵害したとして 裁判にすると脅されたことがあるのです 生徒を脅したと訴えられるのです 普通は訴訟には至りません 訴えが通ることなどありませんが 権力が劣化していることも明らかです

では法律の制度は政府にはどう働くのでしょうか サクラメントでもワシントンでも うまく働いていないように思いませんか? 先日の一般教書演説では オバマ大統領が述べたことの 目指すゴールには誰もが同意します 「最初の鉄道や最初の高速道路 アメリカは常に先端を競ってきた ヨーロッパや中国に最速の鉄道を譲る理由はない」 実は理由があるのです 大規模な建設計画は何であれ 重箱のすみをつつくようになってしまった環境基準評価に 期間の大半を割き その後も建設に反対する者との 訴訟が何年も続くからです

地球上に少し長く生き残るだけのために ばかみたいなことをやっているのです (笑) 全国どこでも (拍手) 数年前 フロリダのブロワード郡では放課に走ることを禁じました (笑) つまり男の子はみんな 多動性障害 になります 絶対に上手くいかない やり方です

こんな警告ラベルも傑作です あらゆるコーヒーカップに 「注意 熱くなっています」と書いてあります 千年後の考古学者がこれを掘り出すと それを訴訟対策とは気づかないで 警告ラベルだけを目にします 「ホットなものが入っています」 媚薬か何かと思うでしょうね それ以外に説明できないでしょう 何で熱いものを熱いとわざわざ説明するのでしょう 5インチのルアーのこんな警告も傑作です 南部育ちの私は のんびり魚釣りを楽しんだものですが 5インチのルアーと言えば 大きなルアーです 先には三つ又のかぎ針もつながっています 「飲み込むと危険です」 (笑)

こんなことがまともだと思いながら 行っている人はいません なのになぜでしょう 法律が信頼されていないからです 法律は二つの世界の最悪の面を合わせ持つからです 手当たり次第に 誰もがほぼあらゆることを訴えて 法廷に持ち込むことができます そしてまた全てが細かすぎるのです 規制された領域では実に多くの規則があり その全部を分かる人がいるとは思えません さてどうしましょうか 法律のジャングルを 刈りこむ作業にはきりがなく しかもここでの本当の課題は法律の こまごました修正などではありません 成功するためには 信頼が必要です

法律が自由のためのプラットフォームとなるためには 人々の信頼を得なければなりません これが私からの第2の提案です 信頼は自由な社会において 必要とされる条件です 法律に関しての心配などなくても すでに人生は十分に複雑です しかし法律はそれ以外の不確定要因とは異なり 国家権力を背景にしています そこに政府が介入します すると人々の考え方が変わります 小さな法律家が肩に乗っていて 一日中のべつまくなしに耳元で 失敗したらどうする まずいんじゃないかと囁き続けるのです そうなると頭の賢い働きが失われ 直感や経験やその他の 創造性につながる諸々の働きや きちんとした判断力のありかである 無意識という井戸から距離を置いて 薄っぺらなベニヤ張りの意識と理屈の世界に追いやられます

そのうち 医師たちはこう言うでしょう 頭痛は腫瘍の疑いはないと思いますが 万一の場合に私を守るために まず MRI を受けてきて下さい こうして 2千億ドルが不要な検査に費やされます ある研究によれば 決断について意識させることで 人は劣った判断をするようになります ピアニストが音楽を演奏している時に どう音符を奏でているかを考えさせたら演奏できません 自意識は達成への障害となります エジソンがこのことを述べています 「私の研究室にはルールはありません 新しいものを創ろうとしているのですから」 (笑)

では どうやって信頼をとり戻しましょうか 法律を修正しても不十分なことは明らかです 不法行為改革は重要なアイデアです 事業をしているならコストの低下につながります しかし信頼欠如という傷口につけるバンドエイドにすぎません 不法行為改革を徹底的におこなった州においても いまだにこれらの病理に苦しんでいます そこで 訴訟を制限するだけではなく 自由のための新しい領土を作る必要があります 自由にはちゃんとした構造があります こういうものです 法は外縁を規定します してはいけないこと としなければならないことの 境界を示します 盗みはいけないこと 税金は払うこと この同じ境界によって 自由のための領域を描こうというのです

アイザィア バーリンは次のように述べています 「法律はフロンティアを定めるが 人工的な線引きではなく 内側にいる人は侵害されることがないという境界です」 後半の部分を我々は失念していました 境界の堤防は決壊してしまい 人々は法律の海で溺れそうです 今必要なのは これらの境界を 再建することです 特に訴訟に備えて再建することが とりわけ重要です だれかが訴えることの可能な事柄が 他の人の自由に対する境界となるのです 子どもがシーソーから落ちたという裁判を 誰かが始めた途端に 裁判の中で何が起ころうとも関係なく すべてのシーソーは撤去されます 訴訟のリスクを負いたい人はいないからです そういうわけで シーソーも ジャングルジムも メリーゴーランドも登り綱も 4歳以上の子どもが興味をひくものは全て撤去されました こうしてリスクを全てなくせるからです

さてどのように再建しましょうか 人生は複雑で (拍手) 複雑でソフトウェアでは扱えません 全ての選択は社会的な基準による — 価値判断を伴い 客観的な事実などではありません そこで 第4の提言です 考え方を 変えなければいけません そこには本質的な要素が二つあります 法律を簡単にしなければなりません 現在の複雑な状況から 一般原則とゴールに移行しなければなりません 合衆国憲法は16ページと短いですが 200年ほど実にうまく機能してきました

法律は十分に単純で 日々の選択において 腑に落ちて使えるものでなければなりません 腑に落ちない法律を だれも信頼しないでしょう どうすれば単純にできるか しかも人の暮らしは複雑です これが難しく最大の課題です 権威を復権させなければなりません 法廷や法務省の権威です 解釈や運用の権威です (拍手) 法律は人間的なものに戻さなければなりません シンプルで人が自由を感じる法律を作り 合理的な社会規範と釣り合うように 自身の判断で法の解釈や運用を行うためには 責任者は自由でなければなりません 外に出て 日中に歩道を歩きながら 考えなければなりません 何か論争があっても 合理的に行動しているなら 世の中にはあなたを守ることが自分の仕事だと 思う人がいるはずです でも今日そんな人がいなくなりました

それが一番の障害です 実のところ大変な障害ではなく その 98% は実に簡単なことです 紛失してしまった100ドルのズボンのことで 少額訴訟で訴えられるかもしれません しかし100万ドルを求める正式裁判ではありません 「本件申立てを却下する」 もしくは 「少額訴訟で争いなさい」 5 分でかたがつきます それだけ それほど大変なことでもありません

しかし大変な障壁となってしまうのは法が泥沼になっているからです 私たちは60年代に 人種差別や男女差別や公害などの ひどい価値基準に立ち向かいました こんな社会悪があったので 我々はそれ以上の害悪が生まれないような 法体系を創ろうとしました 困ったことに できあがった制度は 優れた価値基準を持つことも許さないものでした 私が言いたいのは 権力者が思うがままに振舞えるようにしようという 意味ではありません 権力を持っている人達もまた一般原則と目標とに縛られています 先生たちは校長に説明責任を負います 裁判官も上級審に説明責任を負います 大統領は有権者に説明責任を負います 説明責任の元をたどれば 全員に対する影響を判断するべきであり 単に不満を抱く人への説明ではありません 共通項だけでは 社会は回りません (拍手)

そう 考え方の変化が必要とされています 考え方を変えれば 多くの束縛から解放されます 権限は自由の敵だと教えられてきましたが それは正しくありません 実際 権限は自由に欠かせないものです 法は人が作った制度です 責任も人が作った仕組みです 先生がクラス運営の権限を持って 秩序を維持しなければ皆の勉強が妨げられます 不合理な訴えを排除しなければ 誰もがお互いを監視することになります 環境庁が送電線は環境にとって 有益だと判断出来なければ 風力発電所から都市まで 電気を送電できません 自由な社会には赤信号と青信号とが必要です さもなければ交通渋滞に陥ります それがあなたの周りのアメリカに起きていることです

今世界に求められていることは 普通の選択ができる権力の復活です それこそ 自由を取り戻すための唯一の方法です 現代の諸課題に取り組むために エネルギーと情熱を解き放つための 唯一の方法です (拍手)