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JUSTICE 第5回「暗黙の同意によって生まれた義務と命と公平さ」「同意があれば代理母と子は他人?ここに正義はあるか」ハーバード大学:サンデル教授:白熱教室

Lecture09「暗黙の同意によって生まれた義務と命と公平さ」

前回、所有権についてのロックの考え方では、民主的に選ばれた政府には国民に課税する権利があるが、それは同意に基づく必要があるとした。なぜなら課税とは公共の利益のために国民の財産を取り上げることだから。そして、税金を徴収する時に国民一人一人から同意を取り付ける必要はない。必要なのは社会に参加し政治的な義務を引き受けることに対し、事前に同意を得ておくことだ。一度その義務を引き受ければ多数派に束縛されることに賛成したことと同じことになる。今回は義務の話である。生存権について考える。政府は国民を徴兵し戦場に送ることができるのか。ロックの答えはイエスだ。ロックは将軍が兵士に対して大砲の前に出ろと命令できると言う(リバタリアンなら命令できないと言うだろう)。しかし将軍は兵士から1ペニーたりとも取り上げることはできない。なぜならそれは正当な経緯に基づく命令ではないからだ。ロックは将軍の命令に対する個人の同意ではなく、政府に参加し多数派の束縛を受け入れることに対する事前の同意を大事にする。そして国民には義務が生じる。南北戦争の例で考える。当時北軍は徴兵によって兵士を取ったが、軍隊へ行きたくないものは自分の替わりに誰か雇うことができるという、徴兵制と市場のシステムを導入した。これに対して学生から大きく2つの意見がでた。金持ちが有利であり、不公平だという意見。もう1つは、兵役とはお金を得るための単なる仕事と捉えるべきではなく、愛国心や市民の義務を考えべきであり、市場によって義務や権利を割り振るべきではない、という意見だ。兵役は市民の義務の1つなのか、それとも違うのか、私たちの市民としての義務を負わせるものは何か。政治的な義務のよりどころとは何か。それは同意なのか、それとも社会の中で共同生活をする以上、同意がなくても課せられる市民の義務があるのだろうか。これらの問いに対する答えをこれからの講義では考えていこう、として講義は終了する。

ハーバード大学
マイケル・サンデル教授


Lecture09
HIRED GUNS
Lecture10
MOTHERHOOD: FOR SALE 


時間:55:10



Lecture09「暗黙の同意によって生まれた義務と命と公平さ」

前回の講義ではロックの同意による政府、という考えたについて議論をし、その結果いくつか疑問が上がった。
多数派の合意があっても覆せない政府の制限とは何か。それが講義の最後で出た疑問だった。

所有権に関してはロックの考え方では、民主的に選ばれた政府には国民に課税する権利がある。
だが、それは同意に基づく課税でなければならない。なぜなら課税とは公共の利益のために国民の財産を取り上げることだから。
だが、税金を制定したり徴収したりする時に国民一人一人から同意を取り付ける必要はない。
必要なのは社会に参加し政治的な義務を引き受けることに対し、事前に同意を得ておくことだ。

一度その義務を引き受ければ多数派に束縛されることに賛成したことと同じことになる。
課税についてはこれくらいにしておこう。

では生存権はどうなるだろう。政府は国民を徴兵し戦場に送ることはできるのか?

自分を所有するのは自分であるという自己所有権はどうなるのだろうか。
政府は強制力のある法律を制定、施行し、君はイラクに行き、命を危険をさらして戦え、と言えるとなれば、
自己所有権を侵害していることにならないか。
ロックは政府にはそうする権利があると言うだろうか。
答えはイエスだ
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ロックは139節でこう述べている。
重要なのは政治的権威あるいは軍事的権威が恣意的に権力を行使しないことだと。そこが重要なのだ

これに関してロックは素晴らしい例をあげている。
将軍はもちろんのこと、軍曹であっても、兵士に対して大砲の前に出ろと命令できるのだ。
たとえ確実に死ぬとわかっていても、どんな絶望的なことであっても軍曹はそう命令できるのだ。
それに兵士が従わなかったり、自分の持ち場を放棄したりすれば、将軍はその兵士に死刑を宣告することができる
しかし、生死を分ける命令を出すことはできても、将軍はこの兵士から1ペニーたりとも取り上げることはできない。

なぜならそれは正当な経緯に基づく命令ではないからだ。
それは恣意的であり腐敗だ。
だからロックいおいては同意が非常に強力だ。
その同意とは特定の税金や軍の命令に対する個人の同意ではなく、政府に参加し多数派の束縛を受け入れることに対する事前の同意だ。

個人は生命、自由、財産に対する不可譲の権利持っているという事実に基づいて、権力が戦力は制限された政府は成立している。
そして、その政府を統治するのは、同意によってつくられた法なのだ。同意はそれほど重要なのだ。
権力の恣意的行使はあってはならない。それがロックの考え方だ

しかし、ここに同意についての疑問が生じる。
政治的権威や従わなければならない義務をつくりだすのにおいて、
なぜ同意はそこまで強力で同意的な手段なのだろうか。

今日はこの同意に関する問題を検討するために、軍隊の徴兵制、という具体的な事例を取り上げよう。
人間が自分を所有するのは自分だとから考え方から生じる基本的人権を持っているのなら、
政府が市民を徴兵して戦場に行かせるのは基本的人権の侵害だと言う人もいる。反対する人もいる。
反対派はそれは民主的に選ばれた政府の正当な権限であるから市民には従う義務があると言う。

イラクで戦争しているアメリカを例にとってみよう。
報道によれば、軍は必要な数の新兵を補充できずに、非常に苦労しているそうだ。
必要な数を兵士を確保するために、アメリカ政府が実施する可能性のある3つの制作を考えてみよう。

解決策、その1、給与と手当を増やし、十分な数の兵士を集める。
解決策、その2、徴兵制へ移行する。抽選を行い抽選に当たった人は誰であれイラクに行って戦う。
解決策、その3、アウトーシング、外部委託、傭兵を呼ばれるプロの兵士を雇うことだ。
傭兵は世界中にいて兵士としての基準を満たし、戦闘に長けており、相場の報酬を払えば喜んで戦ってくれる。

さて、みんなの意見を聞いてみよう。
給与を増やすのがいいと考える人?(会場大多数)大多数だね。
徴兵制に賛成の人は?(会場10人くらい)徴兵制に賛成する人は10人くらいしかいないね。
では外部委託が良いと思う人は?(会場30人くらい)2、30人というところかな。
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南北戦争の間、北軍は兵士を補充するのに、徴兵制と市場システムとは組み合わせた方法を採用していた。
まずは徴兵によって兵士を取るが、しかし徴収されても軍隊へ行きたくなければ自分の替わりに誰かを雇うことが認められていた。

多くの人が替わりを雇った。替わりを雇うために何を支払っても良かった。
人々は新聞の求人欄に広告を載せ、自分の替わりに南北戦争に行ってくれれば、
500ドル、1000ドルをつけた。
後に鋼鉄王と呼ばれたアンドリュー・カーネギーは自分の替わりに南北戦争に行ってくれる人間を
彼が葉巻に1年で費やす額より少ない額で雇った、と伝えられている。

さて、南北戦争のシステムについて意見を聞きたい。
基本は徴兵制だが、買収条件付きのハイブリッドシステム、とでも呼ぼうか。

これが公平だと思う人?南北戦争のシステムに賛成する人は?誰もいない?1人だけ?
2、3、4、、、5人。
不公平だという人は?(会場大多数)

君たちのほとんどは南北戦争のシステムが気に入れず、不公平だと考えている。
なぜ気に入らないのか、どこが悪いのか?君!

学生A:1回兵役を免除されるのに、300ドル払おうということは人間の命に値段をつけているのと同じです。
これまでの講義ではっきりさせた通り、人間の命に値段はつけられないのですから、おかしいと思います。

ということは、300ドルだろうが、500ドルだろうが、1000ドルだろうが、、、、

学生A:それが君の命の価値だ、と言っていることになります。

つまり、命に値段をつけていることになる、とうことだね、君の名前は?
学生A:リズ。

リズに反論がある人は?
君は南北戦争のシステムに賛成だったね。

学生B:その値段が嫌なら、その人には自分を売らない、雇われない自由があります。
その人次第なんですから、命に値段をつけることになるとは思いません。
自分の意思でその人の替わりに戦争に行くと決めたなら、それは必ずしも間違っているとは思いません。

では、500ドルを受け取った人は、自分で自分の命に、あるいは自分の命をかけるリスクに値段をつけていることになるわけだから、、
学生B:そうです。
その人の自由だと言うわけだね。
学生B:はい。
名前は?
学生B:ジェイソン。
ジェイソンありがとう。

次は南北戦争のシステムに反対の意見を聞いてみよう。君!

学生C:所得が低い人にとっては、これは一種の強制です。
カーネギーは招集を無視できます。300ドルは彼の収入からすれば何でもありません。
そうだねぇ。
学生C:低所得の人は招集されたら基本、戦場に行かなければなりません。替わりを見つけることができないでしょうから。
君の名前は?
学生C:サム。
サム、では君は貧しい労働者が300ドルをもらって、替わりに戦場を引き受けた場合、経済状況から考えて、実際には強制的に徴兵されたのと同じことだ、
というわけだね。一方カーネギーは金があるから兵役につかずにすむ。よろしい。
では、次にサムの今の意見に反論する意見を聞きたい。
一見、自由な交換のように見えるが実際は強制だ、というサムの意見に反論がある人は?君!

学生D:僕もサムに賛成です。
賛成?
学生D:個人から正しく判断するという能力を奪っているという点では強制だと思います。
あぁ、君の名前は?
学生D:ラウル。
ラウルとサムは一見、自由な交換、自由な選択、自発的な行為にみえるけれども、実際では強制であるという点では一致している。
学生D(ラウル):最悪のタイプの強制です。強制される層が社会の一部に偏っているからです。

よし、ラウルとサムの意見には説得力がある。誰かサムとラウルに意見のある人は?君!

学生E:私は強制的な徴兵でも、自分から志願して軍に入るのも、実情変わらないんじゃないかと思います。
軍に入れば収入を得ることができるというのは、人々を軍に入らせるための強制的な戦略です。
軍の志願者は低所得者層やさらにはイラクで戦うために、軍に志願するのは正しいことだという愛国的価値観が色濃い地域の出身者に偏っているのが現実です。

名前は?
学生E:エミリー
よし、エミリーは、、、ラウル、次は君だから準備しておくように。
エミリーは南北戦争のシステム、つまり貧しい労働者が500ドルでカーネギーの替わりに戦争に行くのを引き受ける。
というようなシステムには強制的な要素があることを認めている。
その上で南北戦争のシステムに問題があるのなら、現在の志願制の軍隊にも問題があるだろうという主張だ。

ところで君(学生のラウル)は、最初の3つのうちの選択肢のうち、志願制の軍を支持したのかな?
学生D(ラウル):手はあげていません。
手はあげていない?(会場笑い)
学生D(ラウル):はい
手をあげなかったのは隣の人に君の票を売ったからか?(会場笑い)、、いやぁ、冗談だ。
じゃあ、意見を聞こうか。

学生D(ラウル):今の状況は南北戦争の頃とは違うと思います。今は徴兵制ではなく志願制ですし、
今の軍に志願する人は南北戦争の頃、入隊を強制された人よりも強い愛国心を持って自分自身の選択で志願していると思います。

強制の度合いは低い?
学生D(ラウル):低いです。
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アメリカ社会にまだ不平等があり、エミリーが指摘したように軍に入る人々は特定の層に偏っているという事実があってもかな?
1つ実験をしてみよう。自分が兵役についたことがある、あるいは家族が兵役についたことある人はどれくらいいる?
親の世代ではなく、君たち世代で、、、(会場少し手をあげる)
兵役についたことがない人はどれくらいいる?(会場大多数)
エミリー、思った通りだな。
学生E(エミリー);はい。
いいだろう、さて、君たちの圧倒的多数は全志願制の軍を支持したが、同時に圧倒的多数が南北戦争のシステムが不公平だと思っている。
サムとラウルは南北戦争のシステムに反対する理由を明確に述べた。
その背景には不平等があり、ゆえに、金をもらって軍に入る選択をするのは、真に自由意思によるものではなく、ある意味では強制なのだ。
エイリーはその理論を発展させて新たな問いを投げかけた。

志願制の軍隊を支持した人は、原則として2者のどこが違うのか、説明できるべきだし、説明しなければならない。
志願制の軍は圧倒的大多数が反対した南北戦争のシステム、つまり、買収条項付きの徴兵制を不変化しただけのものではないのか、
エミリー、君が言いたいのはそういうことだね。
よし、では志願制の軍を支持した人にエミリーが投げかけた問いに答えてもらいたい。答えられる人は?君!

学生F:南北戦争のシステムには志願制の軍の違いは南北戦争では政府に雇われるのではなく、個人に雇われるということです。
結果としてそれぞれが異なる人に雇われ、異なる額を受け取ります。志願制の場合は全員が政府に雇われ、同じ額を支払われます。
同じサービスに対して同じ金が支払われるわけですから、志願制の軍の方が公平だと思います。

学生E(エミリー):公平のことについてですが、志願制のシステムにおいては個人は軍や戦争と全く関係を持たない選択もできます。
つまり、入隊によってもらえるお金も欲しくない、国を守らねばという義務を果たす必要も感じられない。その場合、志願しないのは個人の自由です。
でも、強制的なシステムである徴兵制においては、全員が徴兵制について何らかの決断を下さねばならないわけで、、こちらの方が公平だと思います。
どちらにしろカーネギーは兵役にはつかなかったでしょうけど、志願制では自分は関係ないと言いますが、徴兵制ではある程度まで責任を持たねばならないからです。

エミリー、君はどちらを支持する? 徴兵制かな?

学生E(エミリー):難しい質問ですが、徴兵制です。国全体に戦争への責任を感じさせることができるから、少数派の人々だけがイデオロギー的に支持する戦争が起きてしまうよりいいです。

よろしい、反論は?君!

学生G:志願制の軍と南北戦争の当時の間では根本的な違いがあります。志願制では志願したいという気持ちが先にあって、給与は後からついてきます。一方、南北戦争のシステムでは人々は戦いたいわけではありません。お金をもらえるから戦争へ行くだけなわけです。

志願制の軍の場合、金を超える志願の動機は何だと思う?

学生G:国を愛する気持ちとか、、、。
愛国心。それじゃあ、、、

学生G:それと、国を守りたいという願いです。お金もある程度までは動機になるでしょうが、志願制の軍の場合は国を守りたいという気持ちが最初の動機になると思います。
ということは、、、、あ、君の名前は?
学生G:ジャッキー
ジャッキー、君は金ではなく、愛国心から兵役につくことの方がいいと思うんだね。
学生G(ジャッキー):もちろんです。南北戦争の軍のようにお金のために仕方なく軍に入り、戦場に向かった兵士は信念を持って戦いに赴いた兵士より、兵士としての質は落ちるだろうと思いますから。
よろしい、ジャッキーの言う、愛国心についてみんなはどう思う?愛国心は兵役について得られる金よりも崇高な動機なのだろうか。この問いに答えられる人は?君!

学生H:愛国心は兵士の優秀さとは関係ないと思います。傭兵はアメリカ国旗を振りもしないし、私たちが守るべきだと政府が信じているものを守りたいとも思っていないでしょうが、優秀さにおいては変わらないからです。

君は外部委託派かな?
学生H:イエッサー(会場笑い)

よし、ではジャッキーの答えを聞こう。名前は?
学生H:フィリップ
どうかな?ジャッキー?愛国心は無関係だそうだ。
学生G(ジャッキー):でも、意欲がある人の方がいい仕事をします。命をかけなければぎりぎりの状況になった時、お金をもらうためだけに入隊した人より、国を愛している人の方が進んで危険に飛び込んでいくんじゃないかと思います。でも傭兵は戦闘スキルは高いでしょうが、国のことなんか気にしないと思います。国がどうなろうが彼らには関係ないわけですから。

しかし、別の側面もある。愛国心の問題だがジャッキーの言うように最も重視するべきは、愛国心だって金ではないとしたら、その議論は軍に入ることで収入を得ることができる、今の軍のシステムを可とするのか、不可とするのか、志願制の軍隊と言うが、考えてみれば、それは誤った呼び方だ、志願制でなく、給与制の軍隊だと呼ぶべきだ。となると、兵役につく主たる動機は金では愛国心であるべきだ、という意見はどうなるだろう。現在の給与制の軍を良しとするのか、それとも徴兵制を良しとするのだろうか。論点を明確にするために、フィリップの外部委託賛成論を足がかりにすると、志願制の軍、すなわち、給与制の軍が最善だということになる。なぜなら、これぐらいの金をもらえる兵役についてもいい、という人々の気持ちと意欲に応じて市場が割り振るからだ。この論理によれば、徴兵制よりも南北戦争のハイブリッド制の方が論理にかなっているし、さらに言えば、志願制の軍の方が論理にかなっている。そして、市場における選択の自由を拡大する考えによれば、傭兵制がもっとも論理にかなっているのではないか。この論理に対し、ノートと言うなら、ジャッキーのように愛国心に意味を見出すのなら、徴兵制に戻るべきではないか。愛国心が市民の義務を意味するのならばだ。

さて、その議論からは少し離れて、同意が市場での交換に応用されるケースについて考えてみよう。

これについての反対意見は2つあった。
兵役を課すのに市場での交換を介してはならない、という反対意見だ。
2つ提出された。
1つはサムとラウルが主張した、強制についての議論だ
2人は市場の原理で兵役を割り振るのは不公平であり、自由な選択とは言えないと主張した。なぜなら、もし社会に深刻な不平等がある場合は金をもらって軍隊に入るのは、入りたいから入るのではなく、経済的機会に恵まれないから軍隊に入るのが最善の選択だ、と考える人がいるかもしれないからだ。そうなれば、そこには強制という要素がある。これが1つめの反対意見だ。
兵役を割り振るのに市場を介することに対しての2つの反対意見は、兵役を給与を得るための単なる仕事を捉えるべきではないということだ。兵役は愛国心と市民の義務と密接に関わっているからだ。こちらの反対意見は、不公平、不平等、強制を理由とする反対意見とは違う。市民の義務が関わることについては、市場によって義務や権利を割り振るべきではない、という意見だ。
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このように大きく分けて2つの反対意見がある。
この2つの反対意見をどう考えていくべきか。強制、不平等、不公平を反対する1つ目の意見については、社会の背景における不平等が人々が自分の労働を売買する際に、どうのように選択の自由をはばんでいるのか問う必要がある。これが1つ目の問いだ。
2つ目の問い、それは市民の義務、愛国心を考える時、市民としての義務とは何かを問う必要がある、ということだ。兵役は市民の義務の1つなのか、それとも違うのか、私たちの市民としての義務を負わせるものは何か。政治的な義務のよりどころとは何か。それは同意なのか、それとも社会の中で共同生活をする以上、同意がなくても課せられる市民の義務があるのだろうか。
今日、南北戦争のシステムと志願制の軍について議論した中からこれらの問いが提起された。こららの問いに対する答えをこれからの講義では考えていこう。


Lecture10「同意があれば代理母と子は他人?ここに正義はあるか」

ベビーM訴訟問題を考える。代理母の問題だ。ある夫婦は子供を望んでいたが、妻が医学的な危険をおかさずして子をもうけることは不可能だったため、夫婦は不妊治療クリニックを訪れ、代理母と出会う。彼らは、代理母が人工受精をし子供を生み、出産後は夫婦に子供を引き渡すことに同意し契約した。しかし、出産後、代理母は気が変わり子供を手放したくなくなった。そして裁判になった。下級裁判所はこの契約を法的強制力があるとしたが、最高裁判所は法的強制力はないとした。父親に教育権を認め、代理母には面会権を認めた。なぜか。同意に瑕疵(かし・不備)があったとしたのだ。それは代理母は子を生んだ後の、子に対する気持ちを考えられなかったというものだ。代理母に与えられる情報に不備があったということだ。しかし、それだけが原因ではない。同意があろうが、同意に瑕疵があろうが、情報が十分であっただろうが、そういうこととは関係なく、文明社会では金では買えないものがある。最高裁判所はそう考えたのだ。これは子供を売るのと同じである。少なくとも母親の子供に対する権利を売るのと同じである。出産を市場での取引にすることは非人間的な感じがするという意見があるのだ。これは功利主義の議論を思い出させる。命や兵役や出産などを取り扱うことに対して、功利主義が言うように利用や効用だけが唯一の適切な方法なのだろうか。もしそうでないとしたら、これらのものを評価するのに適切な方法をどうやって考え出していけばいいのだろうか。これらの問題については今後の講義で考えていこう、として講義は終了する。


Lecture10「同意があれば代理母と子は他人?ここに正義はあるか」

ここからの講義で、みんなに考えてもらい、意見を聞いてみたいのは、人間の生殖、つまり妊娠、出産における市場の役割だ。最近では不妊治療クリニックで、卵子提供者を募集している。ハーバード大学の学生新聞、ハーバードクリムトンにも卵子提供者をつのる広告が載っている。ただし、卵子をくれる人なら誰でもいい人ではない。2、3年前に載った広告を紹介しよう。

この広告は巨額な金銭的享受を提供して、卵子提供者を募集した。条件は知的で、運動神経がよく、身長は175センチ以上、SAT(大学進学適正試験)でスコアが1400以上あることだった。

この広告を出した人物は条件をみたす女性の卵子にいくら払うつもりだったと思う?君たちの予想はいくらかな?1000ドル?1万5000ドル?1万ドル?広告をみしてあげよう。5万ドルだ。卵子1個の値段だよ。ただしプレミアムな値段だけどね、これをどう思う?

ハーバードクリムトンや他の大学新聞では、精子提供者を求める広告も載っている。だから、生殖業における市場は男女の機会均等の市場と言える。いや、正確には機会均等とは言えないなぁ。卵子と違って精子は5万ドルの値段はつかない。それでも、精子を売る会社がある。大きな精子バンクだ。その会社はカリフォルニア大学にある列記とした営利企業だ。

この会社の精子採用基準は非常に厳しい。そしてハーバード大学とマサチューセッツ工科大学の間に支店が1つある。スタンフォード大学の近くに支店が1つある。この精子バンクの宣伝資料では精子の出所が一流であることが強調されている。これは精子バンクのウェブサイトに載っていたものだ。
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報酬については次のようにかかれている。精子提供者になる唯一の理由が、報酬であるべきではないとはいえ
提供するには、それなりの時間と費用がかかることは確かです。(会場笑い)報酬はいくらだと思う?精子提供者は1回につき75ドルをもらえる。週3回提供すれば、月に900ドルまでもらえる。定期的にプレゼントも差し上げております、とある。(会場笑い)映画のチケットやギフト券ですが、これは提供者のみなさんが費やして下さった時間と労力に対する御礼です。精子提供者になるには簡単ではない。採用されるのは応募者の5%以下だ。この精子バンクの採用基準はハーバードよりもずっと厳しい。(会場笑い)

ここの社長はこう述べている。理想的な精子提供者は身長180センチ、大卒、茶色の目、金髪、エクボがあること。理由は単純でこれが顧客が望んでいる特徴だからです。もし顧客のみなさまが高校中退者の精子をのぞむのであれば、高校中退者の精子を提供します。

では2つの市場、卵子提供の市場と精子提供の市場について考えてみよう。

1つ問題を定期しよう、卵子や精子は金のために売買されるべきか、あるいは売買されるべきではないかという問題だ。これについて考えつつ、もう1つ別のケースも考えていこう。それは市場と人間の生殖、人間の生殖能力にからむ契約についてだ。このケースは営利目的の代理母のケースだ。

何年も前に訴訟に持ち込まれたケースで、ベビーM訴訟と呼ばれている。夫ウィリアムスターンと妻のエリザベスは共働きの夫婦で子供を望んでいた。しかし、2人の子をもうけることは妻が医学的な危険をおかさずしては不可能だった。そこで夫妻は不妊治療クリニックを訪れ、メリーベスホワイトヘッドと出会う。彼女は29歳の2児の母で清掃作業員の妻であった。彼女は代理母を募集する広告を見て、応募してきたのだ。

彼らは取引をした。彼らが結んだ契約では、夫のウィリアムスタンが代理母となるメリーベスに1万ドル、プラス全経費を支払うことに同意し、メリーベスはウィリアムスターンで人工受精を受け、子供を生み、出産後はスターン夫婦に子供を引き渡すことに同意していた。

皆もその後、事態がどのように展開していったかをご存知であろう。
メリーベスは出産後、気が変わり子供を手放したくなくなった。この事件は結局、ニュージャージー州の法定に持ち込まれた。法律的な問題を脇に置いておき、この事件を道徳的な問題として考えてみよう。

ベビーM訴訟においては、契約を守り、契約通りに移行することが正しい、と考える人は?(会場大多数)
では、契約通り移行しないことの方が正しいと思う人は?移行する方が正しいと考える人の方が多いね。
では、契約は守るべきだと言う人、契約は守らなくていいと言う人、どちらの意見も聞いてみよう。多数派の意見を聞きたい。なぜ契約を移行を支持するのか、なぜ移行すべきだと思うのか、その理由を言える人?君!

学生A:この契約には拘束力があります。関係者は全員、行動する前に契約の条件を知っていましたし、これは自発的な同意です。代理母は自分が何をするのかわかっていたし、4人とも知性のある大人です。事前に自分がしようとしていることが何かを知っていて、契約をしたのですから、その約束を最後まで守るのが当然です。
取引は取引だ。
学生A:そうです。
名前は?
学生A:パトリック

パトリックの今の意見が、君たちの多くが契約を守ることを支持する理由かな?そうだね?では契約を守らなくてもいいという人の意見を聞こう、パトリックへの反論はないか?どうかな?君!

学生B:確かに契約は守るべきです。ただし、関係者全員が全ての情報を知っている時に限ってね。でも、この場合は子供が実際に生まれるまでは母親が子供に対してどういう感情が生まれるか知る方法はありません。だから、母親が全ての情報を知っていたことにはなりません。生まれてくる子はわからず、その子をどんな風に愛するかはわからなかったのです。

そうか、君の名前は?
学生B:エバンウィルソン
エバンは契約が結ばれた時は代理母が子供に対して自分がどんな風に感じるか知りようがなかった。だから契約移行の強制を支持しないという。

この契約を支持しない人は?君!
学生C:私も一般的には契約は守られるべきだと思いますが、子供は実の母親に対して不可譲の権利を持っていると思います。なので、母親が望めば、子供を母親から引き放つことはできないと思います。
生物学上的な母親というわけだな。
学生C:はい。
それはなぜ?あ、名前は?
学生:アナ
アナ、なぜそう思う?

学生(アナ):自然によってつくられた絆は契約によってつくられたどんな絆より強いと思うからです。
結構、他には?君!

学生D:私は反対です。子供が生物学上の母親に対し、不可譲の権利を持っているとは思えません。養子縁組や代理母は合法的な取引です。それにこれは個人が自発的に同意したことですから、どこにも強制的な要素はありません。
このケースでは、強制を理由とした反論は成り立たない。
学生D:そうです。
名前は?
学生D:キャスリン
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キャスリン、エバンの意見に対してどう思う?エバンは同意の際に強制はなかったが、適切な情報が欠けていたと主張した。代理母は子供が生まれた感情を知りようがなかった。これについてはどう思う?

学生D(キャスリン):代理母の気持ちはここでは関係ないと思います。法律的には彼女の気持ちの変化は何の関係もありません。私が自分の子供を手放して、後からやはり子供を取り返したいと思っても、それはダメです。そもそも代理母自身が決めた取引ですから。
では、パトリックと同意見だね。
学生D(キャスリン):はい、取引は取引ですから。
取引は取引だ。結構、君!

学生E:子が母親に不可譲の権利を持つのか持たないのか、僕はよくわかりませんが、母親は子に権利を持つと思います。また、市場の原理によってしきるべきではない領域があるような気がするんです。代理母というのは、人間を取り扱う領域でありながら、非人間的に感じられますし、正しいこととは思いません。これが僕が反対する主な理由です。
では、何が、、あ、名前は?
学生E:アンドル

アンドル、では金のために子供に対する権利を売り買いすることのどこが非人間的だと、君は思うのかな?
学生E(アンドル):誰かの生物学上の権利を買っているからです。法律で述べられているように自分の子を売ることはできません。自分が生んだ子でも、その子を他人に売ったり、奴隷で売ったりすることは法律で禁じられているはずです。
では、これは幼児売買であると?
学生E(アンドル):はい、ある程度までは。他人と契約を結び、同意したとしても母親と子供の間には否定できない絆があります。契約したからと言って、その絆を無視するのは間違いです。

アンドルに反論する?
学生D(キャスリン):否定できない絆があると言いますが、ここで養子縁組や代理母に反対する必要はないんじゃないですか?ここでは感情的な変化を指摘しているだけですから。

学生E(アンドル):いや、全てを数字で表したり、契約だからで片付けるのは簡単だけれども、気持ちを無視するのは違います。人間なんだから。人間は売った買ったりする対象ではない。

幼児売買というアンドルの意見に対しては?
学生D(キャスリン):私は養子縁組や代理母は認められるべきだと思います。私がそうするかどうかという関わりはなく、政府は国民に養子縁組、代理母になる権利を認めるべきです。
しかし、養子縁組はだね、
学生D(キャスリン):養子縁組も幼児売買ですか?
そうだね、君は養子をもらう時、値段をつけられるか?アンドルの意見はそういういことだ!
学生D(キャスリン):赤ちゃんに値段をつけられるか?いえ、私は、、、。もちろんイエスです。(会場笑い)それは市場の問題です。もちろん適応される程度によりますが、政府がそれを許可すべきかどうかはもっとよく考えないとわかりません。

結構、納得したかな、アンドル?
学生E(アンドル):はい、代理母は認められていいと思いますし、代理母になってもいいと思います。でも、1度契約したからと言って、そのことを盾に契約の移行を強制するのは間違っていると思います。

この種の契約を結ぶのは自由だが、裁判所によって強制執行するべきではないと!
学生E(アンドル):はい、その通りです。

賛成、反対のどちらでも、意見がある人は?君!
学生F:ちょっと特殊な立場から意見を言わせて下さい。私の兄は精子バンクに精子を提供して、大金をもらっていました。身長は180センチありますが、ブロンドではありません、エクボはあったけど(笑)私は今では伯母です。兄に娘が生まれたからです。兄はオクラホマのレズビアンのカップルに精子を提供し2人から連絡をもらい、娘の写真をみています。でも、兄は娘に絆を感じてはいません。関心はあるようだけど、どんな容姿なのか、何をしているのか、元気なのかぁとか、でも愛情は感じていません。だから、母と子の絆は父と子の絆と比べられないと思います。

実は面白い、名前は?
学生F:リリア
リリア、今回は営利目的の代理母のケースをみてきた。私たちはそれを幼児売買と比較し、その例えが適切かどうかを検討してきたわけだが、君が今指摘したように、精子販売を比較することもできる。だが、君は精子を売るのと、赤ん坊を売るのと、代理母になることは全く違うと言う。
学生F(リリア):全く異なるサービスです。
全く異なるサービス、それは絆が違うから。

学生F(リリア):はい。母親が妊娠に費やす時間は10ヶ月ですが、精子バンクによってポルノを見ながら紙コップに入れるだけですから、全然違います。
結構。
学生F(リリア):それは精子バンクの実情ですから。(会場笑い)

実におもしろい、これまでのところ、このような議論がでてきた。

代理母に契約の移行を強制することへの反対理由には、少なくとも種類が2つある。
まずは同意に瑕疵(カシ・一般的に備わっていて当然の機能が備わっていないこと)があったという反対意見だ、ただし今回は強制、もしくは暗黙の強制が原因ではなく、情報が完全ではなかったり、不備だったりしたことが原因で瑕疵が生じている。故に瑕疵のある同意は強制によっても情報の欠如によっても起こり得るわけだ。少なくとも議論ではそう結論された。

代理母に契約移行する強制することに対する2つ目の反対意見は、それが非人間的だから、という理由だ。この訴訟に裁判所が決断を下した時に何と言ったか、まず下級裁判所はこの契約には法的強制力があるとした、さらにその価格は交渉によって合意に至っている。一方が他方を強制したわけではない。交渉力に関してもどちらか一方に関わっていたわけではない。

訴訟はニュージャージー州の最高裁判所に持ち込まれた。最高裁の判決はこの契約には法的強制力はないだ。裁判所は父親としての養育権をスターン氏に認めた。それが子供にとって最善だと考えたからだ。しかしメリーベスの権利を保全し、子供との面会権が具体的にどうあるべきかは下級裁判所の判断に委ねた。裁判所があげた2つの理由はアンドルの意見とほぼ同じだ。

第1に十分なインフォームドコンセント、正しい情報を得た上での同意がなかった、と裁判所は述べた。母親は子供との絆の強さを知る前に変更不可な約束をさせられている。彼女は完全な情報を与えられた上で決断したのではない。なぜなら赤ん坊が生まれる前には、最も重要な意味において情報は与えられていないからである。

裁判所はまた、人間の商品化のくみしない2つ目の反対意見に未体験を述べた。

これは子供を売るのと同じである。少なくとも母親の子供に対する権利を売るのと同じである。参加者の動機となったものがどのような理想主義であれ、利益を得るという動機が優位となり、最終的にはこの取引を支配している。

つまり、同意があろうが、同意に瑕疵があろうが、情報が十分であっただろうが、そういうこととは関係なく、文明社会では金では買えないものがある。裁判所はそう述べて、契約を無効にしたわけだ。では、出産と生殖の領域への市場拡大に反対する、これら2つの意見について考えていこう。

どの制度まで説得力があるだろうか。ウイリアムスターンとメリーベスの間に契約が結ばれたのは確かだ。しかし、その同意が真に自由にならない場合が2つある。

1つは合意するよう強制されたり、圧力をかけられたりした場合。
もう1つは十分な情報を与えられていなかった場合。

裁判所はたとえすでに実の子を生んだ経験であっても、金のために子供を出産して手放すのがどのようなことなのかを知り得ることができないとした。

1つ目の反対意見を評価する意味では、交渉力とか平等な情報をどれくらい自由に自発的に取り交わすべきなのか、考えていかなければならない。これが第1の問題だ。

2つ目の反対意見はどうやって評価していけばいいのか、2つ目の反対意見は捉えどころがなく、より難解だ。アンドルもそう言っていたね。出産を市場での取引にすることは非人間的な感じがする。というのはどういう意味だろうか。

今回のテーマについて私たちがその著作を読んだ哲学者の1人、エリザベス・アンダーソンはアンドルが表現した不安に対して、哲学的な明快さをもたらそうと試みている。

親として子に感じる愛情がどんなものであれ、それを抑圧するよう代理母に求めれば、出産を譲渡できる労働に変えてしまう。なぜなら、出産を妊娠に対する社会の慣行が正しく奨励している目的、すなわち子供の情緒的な絆から切り離してしまうからだ。

アンダーソンが示唆しているのは、ある種のものがオープンに利用したり、そこから利益を得たりすべきではない。ということだ。ある種のものは利用できなくても価値がある。自由に利用できないものをどんな方向で評価し、どう扱ったら良いのか、アンダーソンによれば、方法はたくさんある。
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尊敬、感謝、愛、名誉、畏敬(イケイ・かしこまり敬うこと)、尊厳などだ。利用という価値以外にも評価の方法はたくさんあるし、ある種のものは単に利用の対象とすると、適切に評価できないのだ。アンダーソンのこの主張をどう評価するか、ある意味それは、功利主義についての議論を思い出させる。

利用や効用だけが命や兵役、生殖、出産を取り扱うのに、唯一の適切な方法なのだろうか。もしそうでないなら、これらのものを評価するのに適切な方法をどうやって考え出していけばいいのだろうか。

何年か前、バージニア州の不妊治療専門院、セシル・ジェイコブソンが引き起こしたスキャンダルがあった。彼は外部からの精子の提供を受けず、患者には内緒でただ1人の精子提供者の精子を全患者への受精に使った、それはジェイコブソン自身によるものだった。(会場笑い)少なくとも法定で証言した女性の1人は「生まれた娘が医師によく似ているのにギョっとした」と述べている。(会場笑い)

ジェイコブソン医師が女性たちに事前に説明しなかったことを非難することは可能だ。それは道徳的に関する議論になるだろう。

コラムニストのエイミー・グッドマンはこの事件について次のように書いた。
ジェイコブソン自身は不妊治療ビジネスに個人的な味付けを加えた。しかし、私たちは今では精子提供について再検討するようになってきている。コラムニストは不正とはあなたが何かをするかであって、何を提供するかではない、と結論付けた。

コラムニストのグッドマンや哲学者アンダーソンが言ったこと、そしてここにいるアンドルが非人間的であると、表現したこと、それらは金で買ってはならないものがあるのではないか、という疑問を提示している。単に同意に瑕疵があったからというだけではなく、ある種のものは単なる利用よりも崇高な方法で適切に評価されるべきだからだ。これらの疑問については今後の講義で哲学者たちの助けを借りて検討していくことにしよう。